2010年10月27日水曜日

オバマ大統領の核廃絶宣言と東北アジア平和

 北陸大学教授 李鋼哲

毎年8月になると、広島・長崎の原爆被爆に関連する報道で日本のマスコミは余念がない。平和 を祈願する日本国民の声には傾聴すべきものが大いにある。ところが、日本は唯一被爆国である歴史を記憶するとともに、加害者であった歴史も合わせて記憶す べきであり、そして近隣の諸国とともに戦争被害者の気持ちを分かち合う努力をしてこそ、平和の祈願が近隣諸国と世界に伝わるだろう。
「核兵器のない世界を!」、「戦争のない世界を!」。日本人のみならず世界の多数の人は同じ心情を持っているはず。
今年の4月5日、アメリカ大統領オバマ氏が、核廃絶に向けて、チェコのプラハで大勢の市民に向けて演説を行った。「今日、私は明白に、信念とともに、米国が核兵器のない平和で安全な世界を追求すると約束します」と。
世界をリード(または制覇)する米国の大統領の演説であるだけに、人類に希望を持たせる面も確かにあるだろう。
しかし、核兵器をなくす理念を主張するときに、「では、なぜ核兵器は開発・拡散したのか?」を冷静に考えなければならない。核兵器は戦争と冷戦の産物にほかならない。
今日、私たちが暮らす東北アジア地域では、まだ戦争も冷戦も終わっていない。朝鮮半島はまだ分断と「停戦協定」の状態にあり、中国と台湾は分裂状態にある。そして、イデオロギー対立は今なお少なからずの人々の意識を支配している。
核 実験を行った朝鮮は当たり前に非難を受けるべきかも知れないが、核兵器を大量に保有し、または「核の傘」に守られる周辺の国が、他人に「武器を捨てろ」と 言っても、それは説得力に欠ける話であり、実現不可能に近い。核兵器をなくすためには、まず「停戦協定」を「平和協定」を変えることが先決であろう。南北 統一をしたくてもできない朝鮮半島、両岸統一をしたくてもできない中国。その鍵を握っているのは、核廃絶の鍵と同じく、アメリカが持っているのではない か。
『北陸中日新聞』2009年9月9日掲載

貨幣デノミ措置は「資本主義のしっぽ切り」か

  権力継承問題が表面化しつつある北朝鮮では、昨年11月30日に突然の貨幣デノミ措置が発表 され、世間の注目を浴びている。核開発問題や権力継承問題など国際社会に大きな影響を与え得る問題に比べると、今度の措置は基本的に国内経済問題または政 治問題に過ぎないが、政権の安定と経済の安定は近隣国としては見過ごせない問題。その意図は何なのか、その影響で経済実態および住民の生活状況はどうなっ ているのか、など諸問題が浮かび上がる。
『朝鮮新報』(在日朝鮮総連機関誌)の報道によると、今度の新貨幣発行は1992年以来の17年ぶり。 5,000ウォンから1銭まで14種類の新貨幣を発行し、住民は100対1の比率で短期間に手持ちのお金を新貨幣と交換しなければならない。当局の説明に よれば、その目的は「貨幣の流通を円滑に行い、誠実に働く勤労者を優遇すること」だという。
政府当局は2002年に「7・1経済管理改善措置」を 発表し、物価・賃金の改革を行い、勤労者の給料を30~50倍引き上げた。ところが、食糧や生活必需品の国による配給がかなり減少し、住民は自由市場(い ちば)にてそれを購入せざるを得なくなった。供給不足の経済のなかで、「計画経済」でも「市場経済」でもない「無秩序」な「市場(いちば)経済」により (筆者の定義)、物価は国定価格の50倍から100倍以上に上昇し、深刻なインフレが住民生活に打撃を与えた。
一方、市場(いちば)での自由な取 引が認められるなかで、貧富格差が急速に拡大し、商売人達が困窮した国民経済のなかで富を集めたが、今度の措置では貨幣交換の上限金額を設け、成金になっ た人々は手元の貨幣が紙屑になってしまう。「貨幣の流通を円滑にする」措置とは言うものの、経済と住民生活の混乱を招くことは想像に難しくない。
前世紀90年代初頭には「羅津・先鋒自由経済貿易地帯」を創設し、経済関連の諸法規を改正し、その後は物価・賃金改革を行い、一見市場経済を導入する方向で動くように見えた政策方向は、ここに来て金持ちと市場に対する取締りを強化し、逆方向に向かうように見られる。
北陸中日新聞2010年4月12日に掲載

2010年10月24日日曜日

(連載)日中両国の対応は、このままでは両敗具傷(3)

  今春に起こった南北朝鮮間での天安艦事件をめぐる対立構図を見ると分かるように、冷戦時代の「二つの鉄の三角」が再現されたかのような国際関係が、そこに ある。残念ながら東北アジア地域では冷戦が終わっていないのである。日本で20年間暮らした筆者が、日本で見ても、韓国や中国で見ても、それを強く感じざ るを得ない。中国に行くと、ホテルのテレビで毎日必ず抗日戦争の映画を見ることができ、いやな気持ちになる。韓国に行くと、必ず竹島(独島)問題を取り上 げる人がいて「日本は歴史を反省していない」と言う人がいる。植民地にされた経験がある韓国人のその気持ちは、理解できなくもないが、どこか今の時代にそ ぐわない気がする。

日本はどうなのか。昨年に発足した鳩山政権は、自民党路線から一歩踏み出し、「東アジア共同体」構築を目指すとし、さらに「日米関係の見直し」を主張し た。しかし、普天間基地の海外や県外への移設は実現するはずもなく、やがて政権の座から下ろされた。それにはアメリカの影が見え隠れしている。日本がアメ リカとの距離を置いて、東アジア諸国が固まることは、アメリカの国益に反すると見ているから、アメリカが妨害するのは予想できたことだ。

その後任の同じ民主党の菅直人政権の外交を見ると、非常に曖昧で、実際やっていることを見ると、自民党時代に戻ってしまったと思わざるを得ない。自民党 の強硬派と同じ考え方を持っている人を外務大臣に任命したからなおさらだ。戦後60年の自民党路線をくつ返すために政権をとったはずの民主党だが、結局対 外路線では自民党となにも変わらないのではないか。経済的に中国に追い抜かれることになると、恐れを感じて自信喪失になった勢力は、さらにアメリカへの追 従を選択せざるを得なくなったのだと見受けられる。

結論を述べると、領土問題や領海問題は、現時点では解決方法がないのである。関係各国の為政者の賢明な選択は、現状維持またはトラブル防止のための装置 を相互に講ずることである。政治家たちが領土主張の主張を繰り返しても、本当の国益にはならない。隣国との関係を緊張化させることは、国民にとっては迷惑 なことではないか。将来的な唯一の解決方法としては、前途多難かも知れないが、EUのような共同体を目指すことである。「共同体」や「連合」になったら、 国家主権は限りなく弱まるので、領土問題も、主権問題としての意味が次第に薄れるか、なくなってしまうだろう。(おわり)

(連載)日中両国の対応は、このままでは両敗具傷(2)

その後、事件は周知の通り推移してきた。いろんな意見が飛び交っている。

私の見解では、まず日本の海上保安庁の監視船が衝突を理由に逮捕したのは、それほど問題の種にはならなかったはず。領土・領海紛争問題で他の国の間でも よくある行動である。問題は、その後の処理方法であった。日本は処理方法を誤った、と私は考えている。「法律に則って逮捕、拘留した」と言っても、国際関 係は国内法律で解決できる問題ではない。これは国際関係の常識である。かつて北朝鮮の金正日氏の長男が偽造旅券で日本に来たときも、いくらでも逮捕できた はずだが、日本政府は政治的な判断で迅速に送り返したので問題にならなかったのである。

日本は、中国人船長を逮捕したまま、長時間を経過させたが、それは中国にとっては挑発行為に見えただろうし、意図的に見えたかもしれない。何かを企んで いると見えたかも知れない。「だったら、徹底的に対抗してみようお」というのが、中国側の対応ではなかっただろうか。中国の諺に「以其人之道、還治其人之 身」というのがあり、「相手のやり方で相手をやっつけろ」という意味で使う。まさに、中国はその手法を実行して、日本人会社員4人を逮捕し、この対抗方法 で一応問題が解決に向かったのは言うまでもない。

この問題の裏にはなにがあるのか。それは近年時とともに現れてくるナショナリズムの台頭である。数年前に私は日本のある華人系新聞のインタビューを受け たときに「愛国主義(ナショナリズム)の幽霊が東北アジアを徘徊する」と日中韓での対立構造を分析したことがある。先進国と言われる日本、先進国の仲間入 りをやっと実現した韓国、急速に躍進する中国。経済的には東アジア時代を謳歌しながらも、それぞれの国のナショナリズムは根強く存在している。領土問題に 歴史問題も絡んで、なかなか信頼関係の構築ができない東アジアの諸国。その根底にはこの地域をいまだに徘徊している、ナショナリズムの幽霊がいるとしか言 えない。(つづく)

日中両国の対応は、このままでは両敗具傷(1)

  尖閣諸島の領有をめぐって、日本に対して中国と台湾が対立姿勢をとっている。お互いに「自分の領土だ」と幾ら主張しても、問題が解決される道筋が見えなけ れば、建設的な対応であると見ることはできない。主張しても、問題解決の見込みがないのが、領土問題である。お互いに主張を繰り返す、そして一部の行動を 伴うことは、トラブルを起こすことにしかならず、お互いの緊張関係を深め、結果的には「両敗具傷」(どちらも損する)ことにしかならない。せっかく、東ア ジア地域協力や共同体構築へベクトルが向かっているのに、領土問題で国家間の関係に亀裂と不信感を高めることは、賢明な行為とは言えない。

東アジアには、尖閣諸島以外にも竹島(独島)問題、北方領土問題、南沙諸島問題などたくさんの領土、領海問題があるが、これらは東アジアの近代の混乱し た国際情勢の中で残された問題である。現在の国際法や二国間関係では、いずれも解決し難い問題であることは周知のことである。ならば、関係諸国はこのよう な問題は、なるべく冷静に処理し、仮に問題が起こっても、沈静化する方向で努力するのが本来の道筋である。

この10年間、日中韓3国は首脳会談も実現しており、来年はソウルに3カ国の国際機構(事務局)を設立することでも合意し、また日中両国間では「戦略的な互恵関係」を構築することも宣言されている。
かつて「日中平和友好条約」を締結するために、1979年に訪日した中国のトウ小平氏は「釣魚島(尖閣諸島)問題は、われわれの知恵では解決する見込みが ない。棚上げしといて、次の世代に委ねれば、解決する方法が見つかるだろう」と問題解決方法を提案し、それが日中両国の暗黙の合意になっていた。それ以 来、日本も中国も尖閣諸島で問題が起こったときには、なるべく沈静化する方向で対応してきた。

しかし、今度は日本側が中国側の漁船の船長や船員を逮捕し、長い間拘留してしまった。なぜなのか?ちょうどこの時期に筆者は、中国でニュースを聞き、不 吉な予感を感じた。その後、北京大学であるシンポジウムがあり、中韓両国の識者が大勢参加した。日本からの参加者は筆者だけであり、会場では問題提起はな かったのだが、懇親会の場で中国や韓国の参加者たちから「日本は、なぜ中国の人を逮捕したのか?理解できない」と質問されたのだが、その場で筆者も答えに 詰まってしまった。一つは、衝突事件だと言うが、真実はどうなのか分からない。今でも筆者は分からない。一民間漁船が海上保安庁の監視船にぶつかってくる とは、頭が狂ったものでなければ、論理的にあり得ない話だと思う。もうひとつは、日本が何か意図的にやったのではないかと思ったが、それらしき根拠が思い つかなかった。(つづく)

2009年10月1日木曜日

60歳を迎える共産党中国の今後の行方は?

 2009年10月1日、中華人民共和国成立60周年の記念パレードが北京で行われた。前半は軍事パレードで、中国の軍事力を国内外にアピールした。後半は文化・社会的なパレードで、中国社会の繁栄ぶりをアピールした。
 私は「中国の文化」という授業を、このパレードを中継する大学のレストランで行うことにした。これを通じて中国をもっと理解してもらうのが狙い。
 中国からの留学生の多数は、テレビに釘をつけたように熱心に観て、感動をつぶやいている人もいた。しかし、日本人の学生はほとんど無関心のようで、携帯メールやゲームをしていた。言葉が通じないのもあるだろう。勉強意欲がないのもあるだろう。
 私はどちらかというと、冷静な視点で中国のこの一幕を観ていた。
 後半の文化や社会発展を示すパレードはそれなりの中国の発展ぶりをアピールするものとして素晴らしいものだと思った。しかし、前半の軍事パレードを観るときは、中国人の多くは感動する、誇りを感じるかも知れないが、それを観ている全世界の外国人はどう思うだろうか。
 かつて貧しい中国、弱い中国、欧米列強や日本帝国主義に虐められ、呻吟する中国から、60年間を経て世界で2番目の強い国(購買力平価GDPで日本の2倍の経済力を備えている)になった中国を13億中国国民、そして世界にアピールすることに対しては、中国で生まれ育ちの私も感動するし興奮するのである。
 しかし、全ての物事には二つの側面がある。中国が強くなったとしたら、周りの他の国は相対的に弱くなったということになる。つまり、弱くなったものに自分の強さを過度にアピールすると、周りから怖さを感じる可能性は十分ある。つまり、軍事パレードは中国としては誇りと自信の表れであろうが、周りの諸国から観ると「脅威」と受け止めるのは自然であろう。
 軍事的に、経済的に強くなった中国は今後世界に対して、周辺の諸国に対してどのように振る舞うだろうか。心配する人は少なくないだろう。中国出身の私さえも心配を感じているから。
 かつて、中国の歴史には「覇道」と「王道」という言葉がある。「覇道」というのは力によって周辺国を押さえつけ、覇権的な政治をやることをいう。「王道」というのは高邁な道徳をもって、周りの国を感化しながら、お互い協力して発展していくこと。
 今の言葉で言うと「覇道」は「ハードパワー」(強い経済力に基づいた軍事力)、「王道」は「ソフトパワー」(文化力と創造力」という風に解釈できるだろう。
 巨大国になろうとする中国が、今の時代に軍事力を世界に見せ示すことは、
中国に対するマイナスのイメージを増長するだけではなかろうか。
 60歳になった中国は、老人のように惚けないでほしい。
 「和諧社会」を目指す中国は、周りの諸国にも「和」のイメージをもっとアピールし、軍事力をアピールする必要などなにもない。アピールしなくてもすでに中国に対して脅威論を唱えているのだから。
 やたらに自国の軍事力をアピール(国民と世界に)しているのは、今の時代では恐らく北朝鮮と中国くらいだろう。
 北朝鮮は自分の弱さに自信がないから、軍事パレードをしたり、先軍政治をしたりして、国民を統合し、周辺国と対抗しようとする。
 中国はどうなのか?このパレードを観て、中国はまだ未熟で、国民に良い政治を行う自信が足りないのではないかと思わざるを得ない。

2009年6月18日木曜日

多文化・多民族共生の社会を目指せ!

「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議、国会両院で採択」をきっかけに、日本における多文化社会、多民族社会を一歩進めることを提案する。

 国会の衆参両議院は2008年6月6日、それぞれ「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」を全員一致で採択しました(衆議院・参議院)。

 「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」によってまとめられた決議案は、アイヌの人びとが、「法的には等しく国民でありながらも差別され、貧窮を余儀なくされたという歴史的事実を、私たちは厳粛に受け止めなければならない」とし、政府に、「先住民族の権利に関する国連宣言」を踏まえてアイヌの人びとを独自の言語、宗教、文化をもつ先住民族として認めること、「国連宣言」を参照しながら、有識者の意見を取り入れ、総合的な施策の確立に取組むことを求めています。

 1996年、内閣官房長官の私的懇談会である「ウタリ対策のあり方に関する有識者懇談会」が作成した報告は、アイヌの人びとの先住性を認めていましたが、格差や差別是正、権利回復に向けた措置はとられず、文化の振興を趣旨とする、アイヌ文化振興法が制定されるにとどまっています。また札幌地裁は1997年に、二風谷ダム事件において、アイヌの人びとを先住民族にあたると判断しています。

 国連の自由権規約委員会、人種差別撤廃委員会など人権条約機関の報告審議においても、政府はアイヌの人びとを先住民族とは認めていません。01年の人種差別撤廃委員会における日本の報告審議においても、「先住民族」に関する具体的な国際的な定義がないため、判断することができないと述べています。一方、人種差別撤廃委員会が、「先住民としてのアイヌの権利を更に促進するための措置を講ずることを勧告する」など、条約機関から、アイヌの人びとに対する差別の懸念や権利確保のための措置の勧告などが出されています。5月に行われた、人権理事会の定期的普遍的審査においても、複数の国から「国連宣言」実施に向けて政策をとるなどの勧告があげられています。

 国会両院の決議も、前文で「国連宣言」の採択に言及し、その趣旨に沿って具体的な行動をとることが「国連人権条約監視機関から我が国に求められている」と述べています。

 「先住民族の権利に関する国連宣言」は、20年以上の起草作業を経て06年6月、第1回人権理事会において採択され、07年9月の国連総会で決議されました。46条から構成され、先住民族の自決権と、それに伴う政治的地位を決定し、自由に経済的、社会的、文化的発展を追求する権利、強制的な同化や文化の破壊にさらされない権利、自分たちの土地から立ち退きを強いられない権利などを含みます。ほかにも、伝統的に所有、占有などをしていた土地や資源に対する権利を認め、自由でかつ情報に基づく事前の同意なしに収用、占有などされた場合には、原状回復や公正な補償を得る権利をも規定しています。人権理事会での採択の際、日本は、集団の権利や財産権に関する規定について解釈を付しながらも賛成しています。

 政府は、国会においても、アイヌの人びとが北海道などに先住していたことを歴史的事実と認めていますが、先住民族かどうかは「答えることができない」と答弁していました。決議を受け、官房長官は6日、「政府としても、アイヌの人々が日本列島北部周辺、とりわけ北海道に先住し、独自の言語、宗教や文化の独自性を有する先住民族であるとの認識の下に、『先住民族の権利に関する国際連合宣言』における関連条項を参照しつつ、これまでのアイヌ政策をさらに推進し、総合的な施策の確立に取り組む所存」と、アイヌの人びとが先住民族であることを認め、施策確立のための有識者懇談会の設置を検討する談話を発表しました。

 しかしながら、日本では未だに民族差別が深刻であると、国連人権委は指摘し、新しい法律を成立し、改善するよう求めている。
 以下は、国連人権委員会特別報告について紹介する。

 2005年7月国連人権委員会特別報告者(人種差別・外国人恐怖症担当)のドゥドゥ・ディエン(セネガル)及び国連人権高等弁務官事務所人権担当官が訪日し、宇治市の在日朝鮮人集落であるウトロ地区を始め、被差別部落、各行政当局を訪問した。

 9日間の滞在で、「日本では被差別部落や在日韓国・朝鮮人などに対し深刻な差別があり、政府は(包括的な反差別法などの)対応措置を講じる必要がある」との報告書をまとめ、またその報告書の中で、法務省入国管理局の実施している不法滞在の電子メール通報制度を「外国人排斥の風土を助長」しているから撤廃するよう勧告した。

 さらに、アイヌ民族や朝鮮半島出身者への差別解消策として、歴史教科書を改善するよう提案、国連総会に提示する考えを示した。また、取材に対し「日本政府は今回の訪問に協力的だったが、当局者の多くは民族主義と人種差別の深刻さを理解していない。政治家が民族主義的な態度で民衆の感情を煽っていることを憂慮する」と述べ、石原慎太郎都知事の所謂「三国人発言」に対して政府が何らの態度表明もしない事に懸念を示した。

 2005年11月には、同・ドゥドゥ・ディエン特別報告者が国連総会第3委員会(人権)で日本における人種差別を問題にし、包括的な人種差別禁止法の制定を訴えた。

 グローバル化の時代は、日本人や日本国民だけで生きる時代ではないことを自覚すべき。大勢の日本人は海外に移住・永住などをしているのと同じように、大勢の外国人も日本に移住・永住している。それらの人々に差別的な待遇や目線で対応するような社会に、日本はなってはならない。そのためには、日本にいる元外国人(日本国籍帰化者)にも、自分の民族の言語や文化を利用できるような、いわゆる多文化共生の社会環境を整備しなければならない。と同時に、日本に現実的にいるいろんな少数民族を法律的に認めるような法整備も必要である。
 
 実際に、日本にはアイヌ民族(北海道・千島の先住民)以外にも、ウィルタ民族(樺太先住民)、ニブフ民族(樺太先住民)、琉球民族(沖縄先住民)、在日華人、在日朝鮮・韓国人(帰化者)、日系ブラジル人、など、民族集団として存在している。それらの人々は、日本国籍を取っている以上、日本国民であり、それぞれの文化を持つ民族であることを日本の政府や日本国民は認めるべきである。